まぼろしの小豆、薦池大納言と鬼の伝説

2つの伝説

京都市内から車でゆくこと2時間半。風車の見渡せる山間の村にその伝説はありました。

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薦池村の入口

むかし、むかし、薦池村の庄屋さんが大江山の元伊勢に参拝に行った帰りに雪で遭難してしまいました。その時、夢か現か、鬼が現れこういいました。「節分に豆をまかないでくれたら助けてやろう。」庄屋さんが約束すると、「約束を守るなら、村を火から守ろう。」鬼はそう言い残して去りました。「庄屋さんの言うことなら間違いあるめぇ。」以来、薦池では鬼は神様。村人たちは鬼を信じ、節分がありません。

 

「実際、焼畑で延焼しかけた時、突然強い雨が降り、火が消えた。本当に鬼が村を守ってくれた。」と村人は、今でも鬼の伝説を語り継ぎます。

 

伊根町薦池村に伝わる豆にまつわる伝説はもう一つあるのです。

まぼろしの小豆と言われる「薦池大納言」は、普通の大納言よりも大粒で縦に積み上げられる俵型をしています。糖度も高く、和菓子やさんから重宝されているその小豆は、薦池でしか採れないと言われています。

 

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京都大納言と比較してもこのとおり(丹後農業改良普及センターより)

 

「薦池大納言をうちでも作りたい。」と、種を持ち帰ったところで、薦池以外の地で育てると小さく、俵型ではなくなってしまうのです。

その理由は、薦池村が高台にあって、谷間に吹き込む風で霧が降りないこと、日照条件が大粒小豆の生産にぴったりだったことが挙げられていますが、よくわかっていません。

薦池の村は、豆をまかないかわりに火から守られているだけではなく、貴重な豆を授かったのです。

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種苗交換のシステムが大粒の形質を維持

薦池内でも、同じ種を同じ場所でまき続けると、収量が落ちたり、豆が小さくなったりすることもありましたが、地域内の他の農家と種苗交換しながら形質維持してきたのだそうです。多様性のある遺伝子を入れることで種は活力を回復する―。種苗交換のシステムは何も薦池だけの話ではありません。祭のときに神様に種を捧げ、他の村の人が持って帰ったという話。出会い地蔵の前に種を置いて帰り、置いてあった種を持ち帰ったという話。峠の宿場町には種屋が軒を連ねていたという話。種苗交換のシステムは全国にあり、種の流通と形質の維持を支えていたのです(増田 2013)。

 

薦池の昔、薦池の今

そんな薦池村もいまや2世帯、2人が暮らすのみ。2世帯の薦池村の住人の一人、和田ミキさんを訪ねました。

「わしが育てた小豆が、京都で一番になったんやでぇ。」

 

一緒に訪ねた友人の母親が薦池出身とのことで、ミキさん大喜び。

まるで孫に語りかけるかのように昔話をしてくれました。

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小豆を選別するミキさん

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ミキさんのご主人が大切にとっておられた薦池村の航空写真

 

60年前、焼畑が行われていました。ミキさんがちいさい頃は70人ほどの村人が暮らしていました。村人みんなで協力して山野を開き、粟、黍、蕎麦などの穀物や、小豆を熱気の残る畑にばらまきました。当時、牛、蚕、米が換金作物で、そばや小豆は自給用に育てられていました。焼畑が延焼して村が大火事になりかけ時、たちまち大雨が降って火が消え去ったという話が紙芝居となって言い伝えられています。今や2世帯となった人里離れた村の情景が、「豆をまかない代わりに村を守る」という鬼の伝説が何とも尤もらしく頷けるのでした。

 

そんな小豆の種とこの地の伝説を守っていこうと、「薦池小豆の会」が立ち上がりました。

2世帯の集落でのたねまき大作戦に集まったのは、有志の応援団、総勢100名。「こんな大勢の人をみたのは久しぶり」とミキさんも半ば困惑した表情をみせながらもうれしそう。今後、形質を維持しつつ量産していくためには、種は薦池のみで生産し、種を農家に配布する予定をされています。まぼろしの小豆がまぼろしでなくなるように・・・

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薦池小豆のたねまきにあつまる園児たち

 

薦池オウギウリも戦前から自家採種

余談ですが、みきさんが自家採種で戦前から受け継いできた種には、豆だけでなく、キュウリもあります。その名を「オウギウリ」。作られているのは、今や、みきさんお一人のみ。「毎年、糠漬けにはやっぱりこのキュウリでないと」と、他の集落の方からも栽培を頼まれているようです。私も地域の方の協力でひっそりと育てています。育てていただける方を探しています。ぜひ、ご連絡ください。

(まえだちさと)

 

参考文献

増田昭子「種子は万人のもの 在来作物を受け継ぐ人々」農文協 2013年

立石憲利編「京都府伊根の民話」伊根町 2013年